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握り鋏(にぎりばさみ)

細かい仕事に最適なのが、握り鋏。

シンプルな握り鋏は、別名和ばさみ。はさみとしては最も古い歴史があるのに今はほとんど日本人だけが使う。構造として単純なので、ちょっと見ただけではどれも同じようだが、実は、用途に応じて微妙に、姿、機能が変わっているのだ。長いものあり、短いものありという違いばかりではない。腰のバネの調子も、固いものを切るのと、軟らかいものを切るのとでは違っているが、そうしたことは外見でけでは判断ができない。握り鋏ばかりでなく、どんな種類のはさみでも手に取ってみなくては値打ちが分からない。本当の値打ちは長いあいだ使ってみないと分からないのが、刃物の世界といえるかもしれない。

握り鋏とひと口に言っても、実はその種類はたくさんある。今の産地は、小野市(兵庫県)と三条市(新潟県)に集中している。握り鋏の上物と普通品との差は大きく、形だけ見たのではその違いは分かりずらい。手に取って刃を開閉してみれば、2枚の刃の擦れ合い方で素人にも区別がつく。
握り鋏の発祥ははっきりしないが、世界各国にその痕跡は残っているのに、現在ほとんど日本だけで使われているのは、日本の個有の文化在り様とかかわりがあるように思える。そこで握り鋏は別名、和ばさみと呼ばれているのである。鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮には、源頼朝の正室で、のち二位尼と称して鎌倉幕府で権勢をほしいままにした北条政子(1157~1225年)の化粧具が残っているが、刃の部分に菊花模様を彫りこんだ握り鋏がある。髪を整え、元結を切ることなどに使ったのだろう。X型中間支点式の華道ばさみは室町期に始まった池坊で採用されているのにU型握り鋏の命脈は、日本で大切に伝承されてきたのだ。固いものを切るためにはX型中間支点のはさみの方が力強いが、細かい仕事には握り鋏が使いやすいし、X型は使うとき刃を開いてから切るのに対し、U型握り鋏は握りしめるというワンタッチで使える便利さがある。和裁の仕立て物、刺しゅうなどには握り鋏は欠かせない道具だが、ワンタッチで切れる便利さから映画フィルムの編集などにも使われる。前記の華道の池坊、江戸中期に始まる古流や、数千ともいわれる流派は、親指ほどの太さの生け花の枝を切れるX型でなくてはならなかったろうし、植木ばさみ、下駄屋ばさみなどもX型系統だったが、日本人の生活の中ではさみの主流は握り鋏が考えられ、造られたことだろう。明治初期までの照明器具だった行灯(あんどん)の芯を切るのに芯切り用のはさみは必需品だったはずだが、行灯は骨董品として残っていても芯切りはさみは見当たらない。用途別の各種の工夫が握り鋏の形状に変化をもたらしたことだろうが、生活環境の変化につれて埋没してしまった。人間の歴史の中で、いつもはさみは人の生活に連れ添ってきたはずだが、はさみはいつも主役として登場することはないから、記録として残る機会も極めてマレなのは仕方がないことだ。細かい仕事をするためには、U型握り鋏は便利だが、プロの世界は別として、現代の日常生活では細かい手作業をする機会が少なくなって、握り鋏の需要も減る傾向にある。どんな些細な物でも既製品で間に合ってしまう。すべてがレディメイド時代になっては、U型の握り鋏は次第に必需品ではなくなってくるが、毎日の生活の中では、はさみを使うことが少なくなっていく社会は、便利にはなっても健全な社会とはいえない。

握りばさみ=和ばさみ

元来はさみと人類の最初の出会いは、X型(中間支点)ではなく、U型(元支点)のものであったろう。青銅器時代か、鉄器時代になってからか、その辺はさだかでないが、人間が金属を使って生活の道具を造り始めたとき、物を切断する刃物としてナイフ状のものができ、次に剪断するはさみが生まれたのであったろう。「鋏」(岡本誠之著、1959年)には洋ばさみ(X型)はローマ期の遺品に見られ、握り鋏(U型)はギリシャ時代の出土品にまでさかのぼって見られると述べられている。たしかにはさみとして、握り鋏のほうがX型の洋ばさみ系統より素朴な姿であり、誕生も早かったろうと思える。
遠い昔、ギリシャからインド、中国を通って、U型の握り鋏は日本に渡ってきたのだろう。今となってはその渡来の時期を確かめる手段はない。だが、今は、このU字型の握り鋏は日本だけしか使われていない。世界中どの国でもX字型の洋ばさみ系統が全盛で、握り鋏は痕跡もとどめない。日本では洋ばさみ系統とともに、握り鋏は今でも立派な現役の日用品であり、年間の生産量も多い。だから、握り鋏は別の名を和ばさみともいう。
日本でX支点のはさみがかなり古くから知られていたことは、正倉院御物の中に金銅剪子として納められていることからも分かる。8世紀のころ、すでに中間支点のX型の存在が知られていながら、握り鋏を温存し続けた独特な日本の文化の在り方は大変興味深いといえよう。
永い歳月をかけて造り続けられてきた日本の握り鋏は、見たところ変りばえがしないようでいて、使いやすく、耐久性にも優れたものになり、和裁用ばかりでなく握り鋏でなくてはならない用途もたくさんある。